伊勢〜大内山
熊野古道を5日間、118km歩いてきました。
体重が 2kg減り、体脂肪も 5%減って 11.4%になりました。
熊野古道なんて全部を歩いていく人はいないんじゃないですかね。峠の石畳というか石段を登る人も少ないと思います。なぜなら、歩いていくとやたらクモの巣に引っ掛かります。
 
9月27日
今年の5月に伊勢神宮からスタートし、足にマメができてしまい大内山でリタイアした熊野古道ウォーキングの続きをやる。しかし、一昨日の伊勢別街道ウォーキングで、すでにマメができている。こんな状態で新宮まで歩けるのだろうか。ともかく、朝4時に起きて、始発の近鉄電車に乗り、津でJRに乗り換えて大内山に 8時10分に着いた。
今日は、大内山駅から、ツヅラト峠を越え、紀伊長島を通って、一石峠を越え、三野瀬駅の手前の道瀬で泊まる。カミさんは紀伊長島駅から帰る。
近鉄平田町駅を 5時25分の始発電車に乗る。 電車の中で日の出を迎えた。 JR大内山駅には、8時10分に着いた。
これからリベンジの熊野古道ウォーキングを始める。
大内山駅のそばにある ”中組常夜灯”。
明治の初め、伊勢市河崎にあったものを譲り受けたそうだ。
国道42号を歩くと、大内山のシンボルの牛。
新しくできた紀勢自動車道が交差している。
「新宮まで 106km」の道標。これから 106km歩くのかぁ。
9時24分、ツヅラト峠の登山道手前の小公園に着いた。小公園には、東屋があって休憩できる。 小公園から200mほどで、歩行用の地道なる。地道を通って行きソバ畑を抜けると「ツヅラト峠登山口」への道標があって森の中へ入って行く。 ツヅラト峠登山口に向かうこの道は、改修工事があったらしいが、現在は通行できる。
10時1分、熊野古道ツヅラト峠の案内板とともに「熊野街道」道標があった。
10時8分、世界遺産の石柱と、「旧熊野街道ツヅラト峠登口」の石標。そして、クマ目撃情報。このツヅラト峠と平行する荷坂峠方面で見かけたとのこと。クマ鈴をつけよう。 熊野古道伊勢路では、”伊勢路道標”が世界遺産登録地内に 100m間隔で木製の道標が立てられている。道の名前と全体の距離と伊勢方向からの距離が刻まれている。
10時33分、ツヅラト峠に着いた。

 
ツヅラト峠から紀伊長島方向が見渡せる。
ツヅラト峠の下りは急だ。 あちらこちらに野面積乱層積という自然石をうまく積み上げて崩落を防いでいるところがある。 ツヅラト峠には、往時の石道が残る。
伊勢神宮から熊野三山へは、アリが行列を作る様子になぞらえ“蟻の熊野詣”と例えられた。”ツヅラト花広場”にある道標には、青でアリの行列が描かれていた。 彼岸花の咲く道の真ん中に大木が2本。 カミさんが紀伊長島で帰るので、紀伊長島駅方面へ行こうとするが、高速道路ができて、周りの道も変わって、どう行くのか分からない〜〜!!
12時50分、JR紀伊長島駅にある ”万両寿司”で、さんま寿司を食べる。カミさんは、さんま寿司と焼きさんま寿司の ”さんま味くらべ”を注文。焼きさんま寿司は、むっちゃ、旨かった。 カミさんと別れ、紀伊長島の街道は、斜面にへばりつくように街並みが続く。
この趣のある建物には、歯科医院の看板があがっていた。
国道42号線に出ると、長島造船が見えてくる。海の水は綺麗。底まで透き通っていて、カキがへばりついているのが、よく見える。
長〜い塀のある加田の心泉園を過ぎて、干物販売所で国道42号線から左に分かれる。道標があるが、干物屋さんののぼりで見えない。地道を進んで行くと、やがて一石峠の案内板があった。 ”巡礼道中指南車”の中に「ながしま、町家なり、日和よきときは木の本へ船あれどものるべからず、一石坂、古里村へ・・・」と記されている。船で行く人もいたんだぁ。 14時35分、一石峠に着く。
一石峠の案内板の横には、「左いせ」の文字が刻まれた道標があった。
一石峠を降りてくると、古里の街並みが見えてくる。 国道42号線から、一旦、古里集落に入る。
古里集落は、民宿が多くあって、その中を通って行く。
国道42号線に戻り、古里トンネルの上の佐甫道を通る。
古里トンネルの隣の歩行者用トンネルの海野隧道は、国の登録有形文化財となっている。
佐甫道の途中から海が見渡せた。 佐甫道の途中から階段を下る。下ったところの若宮神社を抜けて、赤い階段を登って堤防を歩く。 堤防から、港へ出る道を反対に曲がって行き、今夜の泊まりの民宿に着いた。
 















 
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